きまぐれに更新してます。

はたらきかたかいかく

ついに2017年度が始まりました。

 

国をあげての「働き方改革」という言葉が出回ってます。

 

これ、何か違和感を拭えない部分があるのです。

 

女性や高齢」が働ける「一億総活躍社会」とか言ってます。

確かに「働けるヤツは働けよ」って分かるんですが、それは中心ではないんです。

 

「働き方」を改革するんですよね?

「働く」を改革しないとですよね?

 

改革の結果として、「一億総活躍社会」になることはスバラシイです。

しかし「一億総活躍社会」を目指した改革は歪んでいる気がしてなりません。

 

 

つまり、主軸とすべきは「効率化に向けた多方面的な取り組み」であって

「手足を増やして売上アップ!」じゃないんです。

 

そもそも「簡易系AI」の導入で、簡単な仕事はAI化されていくテクノロジの世界で

にわか仕込の人材が活かせる土台があるでしょうか?

 

ベーシックインカム目指して、自動化と効率化を推し進めた方が健全でしょう。

 

より多くの人が働く事で、人間としての成長を続けられる環境を整備する。

その為に、効率化や自動化のソリューションを一般化して国が基準を制定する。

そういう方針が打ち出された上での「働き方改革」が必要なんじゃないでしょうか?

A long time work in a business far, far apart...

2017年も1ヶ月が終わりました。

寒さも厳しくなってきましたが、如何お過ごしでしょうか。

 

さて、本日のタイトルは某銀河大戦より。

 

昨今、「長時間労働」というものが取り沙汰されています。

これについて、私の思うところをツラツラと綴りたいと思います。

 

まず、「長時間労働」に対しては、肯定寄りの姿勢であることを宣言します。

ただし、条件もありますし、何事も極端であってはいけないと考えています。

 

仕事という観点のみに視点を置きます。

 

「ライフ・ワーク・バランス」という言葉がありますが

これは20代には当てはまりません。

正確に言うと、家庭を養っていない人には当てはまりません。

 

厳しいことを言いますが、国民として国家への貢献は2つあります。

「家庭を持つこと」と「労働をすること」です。

 

簡単に言えば「人を増やす成果」と「金を増やす成果」が求められます。

どちらも増えなければ国家は崩壊します。

 

「増やす」と言いましたが、現状では維持すら困難な程に水準が低下しています。

 

大きな事で、自覚的になれない人も多いでしょう。

そもそも私も愛国心なんてものはありません。

ただ、自分が生きてる国を良くしたいという思いはあります。

自分の住んでる街が良くなって欲しいという思いもあります。

自分の生活を良くしたいという思いもあります。

 

全部、繋がってないでしょうか。

 

将来の年金への不安や、様々な不安が20代や30代の周りにはあります。

これを解決するのは、個人での努力ではないと思います。

 

そもそも人間が集団活動をするのは、個々人の努力では非効率だからでしょう。

なら最も効率良く出来るのは、国家水準を上げる事ではないでしょうか。

 

一端、ズームアウトしましたが、今度はズームインしましょう。

 

将来、アナタは生活を維持できますか?

アナタの自力で何とかできますか?

 

今後、雇用は縮小し、消費も縮小するでしょう。

そうなった時、アナタは金をどうやって稼ぎますか?

株式?FX?投資?その先があればいいですね。

 

副業も大切だと思います。

 

しかし、まず目の前の仕事、本業を確立することが大前提ではないでしょうか。

そう考えると、20年後、30年後に本業を維持するのは大変なことです。

今の50代や60代の苦労なんて考慮する必要はないです。

 

我々20代、30代の20年後、30年後を真剣に考えてみましょう。

そうしたとき、若くて体力と気力に溢れている期間というのは大切です。

自発的にワークハードに取り組んだ方が、押し付けられるワークハードより楽です。

 

そうして、自身の心技体に関するキャパシティを拡張しておくことで

40代、50代になった時、効率よく汎用性と専門性に長けた仕事が出来るんです。

 

仕事の出来ないオッサンになりたいですか?

仕事の出来ないオッサンって何で出来ないでしょうか?

頭が悪い事は否定しません。

そこで思考が止まっているアナタも頭が悪いと思いますが。

 

仕事の出来ないオッサンは、頭が悪かった。

では、どう頭が悪くて仕事の出来ないオッサンになったのか。

 

若い頃に成果に繋がる努力をしなかったのでしょう。

つまり、圧倒的な経験値不足による想像力の欠如です。

 

今のアナタは、圧倒的な経験値と想像力が備わっていますか?

50代になっても、自信を持って発揮できる能力を持っていますか?

 

今の仕事は将来なくなっているかもしれないし、やり方が変わるかもしれない。

その頃、今の仕事の出来ないオッサンみたいに言い訳せずに生きれますか?

 

応用利きますか?

 

歴史に学ぶ。

歴史に学んだからヤラなくて良いことは無いんです。

歴史に学んでヤルからこそ、効率よく身につくんです。

 

先人の失敗を繰り返してはダメなんです。

 

ワークハードをせずに将来の稼ぎを確保出来るのは1%未満の恵まれた人です。

そこにアナタが入っているわけないじゃないですか。

 

まずは、沢山働いて、沢山働くということを知って、それを効率化しましょうよ。

自分の限界を知ることになるでしょう。

それを超えるべきか超えざるべきかは判断しましょうよ。

 

そして、国や企業は、そういう体制を構築しましょうよ。

若い人が安心して全力で働き、成長出来る環境を作りましょうよ。

 

人の限界なんて、それぞれでしょう。

月200時間が限界の人も居れば、月150時間が限界の人も居るでしょう。

頭の悪い一律の時間制限なんて作る必要はないでしょう。

 

そもそも、世界を見てご覧なさい。

日本の労働時間なんて大して長いわけじゃない。

top10.sakura.ne.jp

 

大切なのは時間ではなく成果です。

ただ、若い内は時間を掛けないと成果が出にくいでしょう。

だから、若い人には効率よりも、まずは頑張れる環境を提供しましょう。

そうして鍛えた若い人が、新しい未来を作るんではないでしょうか。

 

10年、それだけの期間を与えてやり、その後に成果を追求しましょうよ。

そうして、より効率よく成果の出せる人間を増やさないと国家経済は転覆します。

 

教育も、労働も、経済も全部つながっているんです。

場当たり的な対処療法だけで解決するほど簡易な仕組みではないでしょう。

 

大局を見て、大善的な改革を。

 

初心者は、8時~17時を勤務時間として、残業代は出しましょう。

そして、成果の出し方が分かった人は、一人前です。

 

一人前は、10時~15時のコアタイム制として、残業制限を付けましょう。

そして、効率を上げ続けられる人は、熟練者です。

 

熟練者は、裁量動労制として、勤務時間は柔軟にしましょう。

ここに来て、初めて「管理系」と「専門系」に分かれましょう。

 

年齢で給与が貰えるなんてあるわけがないんです。

 

成果主義って、そういうことじゃないでしょうか?

 

それが出来る企業が増えていく、そんな企業を受け止められる国家にしていく。

そこが抜けてるから「長時間労働」なんて足元だけに焦点が行くんです。

百分率の先に居るのがぷろふぇっしょなる

2017年になりました。

あけましておめでとうございます。

本年も何卒よろしくお願いいたします。

 

さて、明日から新天地ということなのですが。

本日は、先日の仕事観の話にも繋がる内容です。

 

プロフェッショナルの仕事って何だろうな。

自分はプロフェッショナルなのかな。

どうやってプロフェッショナルになるのかな。

 

なんて事を考えながら新年を迎えました。

 

前職を思い出しながら気付いた点があります。

1%未満の世界に居る

 それがプロフェッショナルの一つの定義ではないだろうか、と。

 

顧客が100%満足する仕事っていうのは難しいものです。

しかし、私が見てきたプロフェッショナルだと思う人の仕事は

常に1%未満の事にまで手を伸ばし続けていました。

 

一つ例を出してみましょう。

プロ選手というのは分かりやすくて良いですね。

よく「それだけで食っていける」と言う話を聞くが

それは即ち「そのレベルの成果を出し続けられる」と同義です。

 

テニスで考えてみましょう。

プロのテニスプレイヤーはATPランキングによって契約金が変わります。

また、「フューチャーズ」「チャレンジャー」という下部ツアー

「ATP250」「ATP500」「マスターズ」「グランドスラム」という公式戦で

自ら試合を選び、戦い続ける事になります。

トップレベルの話で申し訳ないが、グランドスラムで優勝すれば2,000Pです。

しかし、準優勝なら1,200Pです。

また、「フューチャーズ」で優勝しても12~24Pしか貰えません。

 

更に、53週間後にはポイント期限が切れる為、ディフェンドが必要です。

つまり、昨年以上のポイントを取らないとポイントは維持以下です。

 

そういった環境の中で、勝ち続けるのがテニスのプロ選手です。

試合を重ね、ポイントは常に増やし続けなければなりません。

世界ランク1位と末端では、ポイント差は10,000倍だったりします。

※当然、末端は1Pの為、1位が17,000Pとかあると万倍です。

 

たった1cmの打点の違い、踏み込みのタイミングでポイントを失います。

そんな中で、ポイントを稼ぎ続けるのがプロ選手です。

そうしないと企業からの契約金も試合の賞金も途絶えて生活出来ません。

 

テニスコートは、2733cm×823cm÷2=978,135.5平方cmです。

テニスボールは、3cm×3cm×3.14=28.26平方cmです。

つまり、0.003%の面積比です。

 

この0.003%の球を追い続ける事で生活をしています。

勝つ為に1%未満の隙を無くす努力を続けて。

 

私は、スペシャリスト型ではなくジェネラリスト型だという自覚を持っています。

特定技術に秀でているわけではなく、また技術に特化しているわけでもない。

 

スタイルが違っていてもプロフェッショナルとしての矜持は同じです。

 

コード全体からして1%未満の保守性、実行速度を追求する。

全体の予定や要件からして1%未満の満足度を向上させる為に動く。

 

そうやって1%未満を追求し続けられる人が、プロフェッショナル。

仕事の内容も、仕事のスタイルも、環境も何もかも関係ない。

 

どこでも、なんでも、いつでも、そうやって1%未満に手を出す。

それが私の考えるプロフェッショナルです。

仕事観について

転職が決まって年明けから、次の仕事が始まるのですが。

これを機会に、少しだけ魚屋の仕事観を語れればと考えました。

 

まずは、ワークハードという考え方。

この呼び方は最近知って、使うようになりました。

 

どこかの偉い人が、その昔こんな事を言ってました。

 

入社して最初の10年は泥のように働いてもらい

次の10年は徹底的に勉強してもらう

 

私は、両親と「ドラゴンボール」の影響からか

「死の淵である限界まで頑張って這い上がれば超パワーアップする」

というジャンプ的発想が根底にあり

幼少時から「限界突破」を繰り返していました。

 

おかげで、上述した言葉の言外にあると予測される

「量をこなさなければ見えてこず、教わっても分からないものがある」

という事を、心の中に秘めていました。

 

今の20代は

「何かを必死にやり遂げて結果を得る」

という経験に乏しい気がします。

※これはゲームの影響と言えそうです。(詳しくは語りませんが)

 昨今のゲームは「小さな成功体験を積み重ね」させて飽きさせないように

 様々な工夫をして売上を伸ばしていますが、実世界での成功体験へ

 敷居を上げているというデメリットもあります。

 

そして、インターネット世代である為に、様々な情報に触れてきました。

玉石混淆の情報に、自らの軸を以って触れるということが出来ていません。

清濁併せ呑むと言った精神も蒸留されていないことでしょう。

 

だから、安易に「泥のように働け」と言われても

「出来ない」「嫌だ」「ブラックだ」

なんてレスポンスしかありません。

 

こればかりは、社会人になるまでに経験出来るように両親の工夫が必要です。

そういった意味でも、私は両親に恵まれて、様々な苦境を経験してきました。

(個人特定に繋がる為、割愛しますが)

 

社会人になってから、所謂「デスマ」を早速経験しました。

これは、本当に辛く、自らの未熟さから人間関係もボロボロでした。

 

量的なワークハードを経験したから、もっと出来るってわけではないです。

単純に、膨大な量の仕事が舞い込み、同量の変更も舞い込む中で

如何に早く、正確に、変更に耐えうる仕事が出来るかが鍛えられました。

それにより、通常業務での仕事速度・仕事品質は一気に一人前レベルへ。

 

そうすると、上司や先輩からも玉石混淆の仕事を任されるようになり

更に「仕事を見極める目」も養われました。

 

そして見極める目が養われ、仕事の速度も精度も一定レベルに達し

上司からも相談され、見積チェックをしたりと、何でも屋になって

未経験の仕事も割り振られ、部署内でもメインレベルのポジションに。

 

そうした量的ワークハードを20代で経験する事で、

30代では質的ワークハードに移行する事が出来ます。 

 

若手に常に言うことがあります。

仕事の量を網の大きさ、仕事の質を網の目の大きさとして考え

まずは網を大きくしろ、慣れたら細かい目の網を使っていけ。

最初に量を熟さないことには、見逃しているものに気付く事すら出来ません。

大量の仕事を熟していく中で、全体像を見ていくということが必要になります。

そうして、全体像が見えてこそ、各タスクの精度ベクトルが見つかるのです。

 

 

次に、因果応報という考え方。

この単語は、勧善懲悪なシーンで使われる事が多いですが

「原因に応じた結果が報いる」という意味です。

 

何が言いたいかというと「利己」と「利他」という考え方に繋がります。

多くの人は、当然「利己」で仕事をします、これは当然です。

しかし、少し想像力を働かせてみてください。

「利己」という結果に繋がる「利他」という原因を創出することで

社会は循環しているのです。

 

もし、全員が「利己」という原因から「利己」という結果を求めれば

それは、循環しない社会となり、廃れる一方です。

※経済とか会社について勉強すれば分かる内容なので割愛しまくりです。

 少し補足すると、黒字倒産という言葉があります。

 赤字でも会社は経営できます、それはキャッシュフローがあるから。

 単純化して極端に話をしていますが、その辺りを勉強すれば理解出来ます。

 

つまり、企業活動というのは、

誰かの為に仕事をするという原因を生み出し

自らの元に対価を得るという結果を循環することです。

 

これは至極、当たり前の事なのです。

しかし、残念ながら企業という組織に入った途端に見失いがちになります。

目の前の仕事、目の前の給料、休み、残業など、狭い視野になり

簡単に見失ってしまう、しかし大善的な基本観念です。

 

常に、ステークホルダーを理解し、見据え、心を向けて仕事をする。

当然の事ながら、なかなか実践の厳しいものです。

定期的に自らが仕事を「誰の為に、何の為に」していたのか振り返りたいですね。

 

「利他」(原因)は大きければ大きいほど「利己」(結果)も比例します。

その分、リスクやコストなども比例します。

どれだけ大きなリスクを背負い、大きなコストを回収していけるか。

それは前述の「ワークハード」によって決まってきます。

 

20代のうちは、社内の誰かの為でも良いでしょう。

尊敬しうる上司や先輩が少しでも楽になるように、そういった所から始まります。

30代になれば、社外の為、社会の為に考えましょう。

40代になれば、世界の為、未来の為に考えるようになってきます。

 

綺麗事のように聞こえますが、全ては「利己」が目的です。

「利己」の為に「利他」を巻き込んで考える事で、上質な「利己」を得る。

それは、金銭だけでは得られない精神的な充足でもあります。

利己的ですと開き直るような人も居ます。

しかし、特に日本人は元来「利他」を大切にしてきた民族です。

資本主義が入ってきてから、大きな勘違いをして「利己」主義に走る人が増え

それが常識と語られ、刷り込まれてきているだけの短い歴史です。

 

日本の誇るべき労働観、それは「共認充足」によるインセンティブな考え方です。

※共認充足とは

 人間が持つ欲求には「マズローの法則」という5段階があり

 最高次元の「承認欲求」と「自己実現欲求」を満たすには

 共に認め合える環境が重要という考え方です。

 

 

そして、自己成長という考え方。

社会的生命体として、地球上で活動する人類にとって

労働とは、生存活動の一環であると考えられます。

 

個人的に「ワーク・ライフ・バランス」という言葉はナンセンスと感じます。

仕事という労働は、生存活動の一環だからです。

そこにバランスというのは、おかしな話です。

ワーク・ライフ・バランス」ではなく「ワーク・ホビー・バランス」です。

それなら私も理解できますし、賛同し得る言葉となります。

 

話が逸れましたが、生存活動に於ける労働というのは現在では大半を占めています。

先に述べたマズローは「人間は自己実現に向かってたえず成長する生きものである」と言い

より高次元の欲求を満たすほど、その成長は著しくなると仮定しています。

そうした欲求を満たし続ける事で、自らの成長を促し、豊かな生活を手に入れるのです。

働くことで自らを成長させ、その対価として高次欲求を満たしていく。

もちろん、金銭的な対価を得て低次欲求を充足させるという前提ですが。

 

 

さて、ここまで私の仕事観をお伝えしてきました。

ご拝読いただいた方の中には、別の仕事観をお持ちの方も居ると思います。

多様な意見や考え方は、私の成長欲求(自己実現欲求)を充足させるものとなります。

是非とも、ご意見ご感想がありましたら、コメントをお願いします。

しんぎゅらりてぃ × べーしっくいんかむ

昨今、何かと話題の「AI(人工知能)」ですが、付随するキーワードが2つ。

 

「シンギュラリティ」と「ベーシックインカム」です。

どちらも、新しい言葉ではありません。

 

ただし、過去に語られた各々の言葉は、空想世界のものでした。

今回の記事では、空想世界から飛び出した2つのキーワードについて綴ります。

 

まさに「VR(仮想現実)」のような流れとなってきている2語。

まずは、簡単にキーワードの解説をWikipediaさんにお願いしましょう。

 

技術的特異点 - Wikipedia

技術的特異点は、汎用人工知能(en:artificial general intelligence AGI)、あるいは「強い人工知能」や人間の知能増幅が可能となったときに起こるとされている出来事であり、ひとたび優れた知性が創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が及ばない超越的な知性が誕生するという仮説である。 フューチャリストらによれば、特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは、人類ではなく強い人工知能やポストヒューマンであり、従ってこれまでの人類の傾向に基づいた人類技術の進歩予測は通用しなくなると考えられている。

 

2045年、コンピュータと呼ばれた存在は人間の持つ知性を凌駕するというもの。

自律的に人工知能人工知能を開発し、人間の知性が及びもし無い知性の誕生。

現存する「仕事」は人工知能が代替し、効率的で効果的な仕事が可能となる。

 

 

ベーシックインカム - Wikipedia

国民の最低限度の生活を保障するため、国民一人一人に現金を給付するという政策構想。生存権保証のための現金給付政策は、生活保護や失業保険の一部扶助、医療扶助、子育て養育給付などのかたちですでに多くの国で実施されているが、ベーシックインカムでは、これら個別対策的な保証ではなく包括的な国民生活の最低限度の収入(ベーシック・インカム)を補償することを目的とする。
包括的な現物給付の場合は配給制度であり、国民全員に無償で現金を給付するイメージから共産主義社会主義的と批判されることがあるが、ベーシックインカム自由主義・資本主義経済で行うことを前提にしている。

 

一人一人が、労働という仕事による対価を得なくても生活が可能となる社会。

生活保護などの個別対策的な給付ではなく、平等に配られる生存の対価。

 

私の考え方は、先にベーシックインカムの仮制度を導入すべきというものです。

理由は、制度が後手になると碌な事にならないという歴史にあります。

黒船襲来によって、強制的に制度が書き換えられ生活が変わった時、全体として見れば効率的で知性的で、とても合理的な方向へ進んだと思われます。

しかし、その裏で確実に泣いた人々が存在しているはずなのです。

 

これは、ベーシックインカムの掲げる理想とは対極にある現実です。

つまり、理念を掲げて導入する為に、理念に沿わない実績があると、世論的にも導入には時間がかかってしまう事になるのです。

その為にも、黒船襲来の前に、簡易版でも軽量版でも良いのでベーシックインカムは実装すべき制度だと言えます。

 

さて、この「黒船襲来」とは。

過去の日本では、1853年7月8日に浦賀沖に来航したアメリカはペリー率いる「アメリカ海軍東インド艦隊」を指すでしょう。

それは、ただの訪問ではなく、まさに襲来と言え、日本という国にとって歴史的にも大きな事件となりました。

 

次に来る黒船は、このシンギュラリティであると考えられます。

自身が技術屋の末席に座している為、感覚は薄いですが日本の技術力というのは低下の一途を辿っています。

更に日本社会は、成熟した後の腐敗フェーズに入っていると考えます。

現時点で日本社会を見ている人なら分かると思いますが、昨今は表面的なモノマネ芸人的な経営者や政治家しか居ません。

アメリカ社会の中でも経営者や政治家にとって都合の良い部分だけど摘み食いしているだけです。

 

そんな中に、諸外国でシンギュラリティが発現した場合、日本社会は一気に失業者で溢れかえります。

そして、経営者や政治家は自らのポジションを必死に守り抜こうとします。

しかし、人工知能が社会に迎合されれば、真っ先に無用になるのは彼らです。

そんな彼らが、次に手を伸ばすのは「ベーシックインカム」でしょう。

 

こうして、まともな体勢も整わないうちに、済し崩しに導入された制度は、本来の理念を欠片も実現しないまま、一定期間は一部の人間の為だけの制度として運用されます。

それも僅かな期間であり、人工知能によって最適化された社会においては、彼らの悪巧みも平等に均されていき、気付けばシンギュラリティによるベーシックインカム導入が成立しているのだと考えます。

 

ここで、重要なのは流れではなく、その時間軸です。

シンギュラリティは、2045年に到達するだろうと言われています。

ただし、これは劇的な変化を伴いません。

先に述べた黒船は、大型戦艦ではありません。

マイクロサービスなどの小さな小さな小舟が大量に流来”している”のです。

 

既に、次の黒船襲来は始まっています。

徐々に仕事は減っています。

 

いきなり、ある日に突然「タクシードライバ」が消える事なんて有りえません。

徐々に求人が減り引退者が増え、自動タクシーが話題になり気付けば廃業です。

その他の仕事も同じです。

 

他方で私が繰り返し言う言葉ですが

「言葉に流されるな、言葉は正しく使え、言葉より真実を捉えろ」

 

「シンギュラリティ」「ベーシックインカム

どちらも、耳慣れずインパクトのある言葉です。

その説明内容や概要も、とてもインパクトがあります。

 

しかし、現実にインパクトはありません。

ジワジワと真綿で首を締めるかのように、小さな黒船は既に流来しているのです。

 

1853年に襲来した黒船の裏で、失業し、生活に困り、泣いた人々が居ました。

これを読んでくれたアナタが、小さな黒船に泣かされる日が来ない事を祈ります。

マイクロソフトの日本語スタイルガイドについて

先日、友人のTKと「マイクロソフト 日本語スタイルガイド」の話をしていました。

 

現在の最新版は以下のリンクからダウンロード出来ます。

スタイルガイドをダウンロード - マイクロソフト | ランゲージ ポータル

 

ただし、話の中でも出てたのですが、PDF形式な上に見辛い・・・。

2008年にリリースされていた第1版がヘルプファイル形式(.chm)で良いなと話をしていました。

既に公式からはダウンロードできないので探してたのですが、下記のリンクからhtml形式で同様のモノがダウンロード出来たので、情報共有の為に貼っておきます。

リンク先の安全性等については、エンジニア各位の責任に於いてご確認ください。

添付ファイル - 翻訳ルール1 - 日本語スタイル - アトラシアン パブリック スペース - Atlassian Japan Confluence

 

以下に目次だけ挙げておきます。

第 1 章 日本語スタイル ガイドの表記と構成

1.1 表記と構成

 

第 2 章 参考文献

2.1 主要参考文献

 

第 3 章 一般的なスタイルのガイドライン

3.1 文字
3.1.1 ひらがな
3.1.2 漢字
3.1.3 カタカナ
3.1.4 アルファベット

3.2 数字
3.2.1 算用数字と漢数字
3.2.2 単位

3.3 記号
3.3.1 句読点
3.3.2 記号
3.3.3 かっこ

3.4 文字間のスペース
3.4.1 全角と半角の間
3.4.2 全角どうしの間
3.4.3 半角どうしの間

3.5 文体の使い分けと構文
3.5.1 文体の使い分け
3.5.2 構文

3.6 製品や機能の名称
3.6.1 製品やコンポーネントの名称
3.6.2 バージョン情報

3.7 キーの表記
3.7.1 単独キー
3.7.2 複数キー
3.7.3 ショートカット キーとアクセス キー
3.7.4 方向キー
3.7.5 ジェネリック キー
3.7.6 キーボード上のホット キーおよび代替コマンド キーの表記

3.8 さまざまな要素の表記
3.8.1 画面用語の表記
3.8.2 画面要素の操作の表記
3.8.3 画面要素以外の各種アイテムの表記

3.9 参照先の示し方
3.9.1 参照の表記

 

第 4 章 コンポーネント別のスタイルのガイドライン

4.1 ソフトウェアのスタイル ガイドライン
4.1.1 文体の使い分け
4.1.2 プレースホルダとエスケープ文字
4.1.3 文や語句の間などのスペース
4.1.4 レジストリ キーの取り扱い
4.1.5 一般のスタイルと異なる点

4.2 マニュアルとヘルプのスタイル ガイドライン
4.2.1 文体の使い分け
4.2.2 マニュアルやヘルプ内の参照先の示し方
4.2.3 ローカライズされない画面要素等の表記

4.3 オーディオ録音のスタイル ガイドライン
4.3.1 アクセント
4.3.2 音声
4.3.3 トーン
4.3.4 速度
4.3.5 英語の発音
4.3.6 オーディオ録音のための翻訳にあたっての注意